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2011年11月19日

会社に対する不安や不満は転職先でも同じものが発生する。

転職する人や転職を繰り返す人にはだいたい同じ思考の傾向があります。
それは会社の将来に対する不安や待遇に対する不満を常に抱いているということです。

この不安や不満を解消するために転職したのに、転職先でも同じ不安や不満を繰り返し持つのです。

この思考傾向は若い人ほど大きく、強く感じています。

どのような会社でも未来永劫安定的な職場というのはありません。現在では公務員であっても決して安定的な職場とは言えないのです。

必要なことは、会社の将来性の不安に対して、自分自身がどのような貢献をしようとし、どう行動してきたかということです。
会社の売り上げや利益が減少してしているのであれば、それを改善するために自分自身はどう行動したか、待遇面で不満があるのであれば、自分自身の言動を振り返り、よく整理して、経営者や上司、同僚からの評価を高めるためにどのような行動をとったか、といことをよく考えなければなりません。

不安や不満を解消するためには、どのような行動をとったかということが大切なのであって、自分の頭の中で考えているだけでも、言葉で言っているだけでもだめなのです。

現在おかれた立場で不安や不満を解消する行動をとることができなければ、いくら転職を繰り返し、他の人から羨ましがられるような職場に転職できても、自分自身が感じる不安や不満はいつまでもついて回るということになります。

一方、転職先が転職者を迎え入れるにあたって考えることは、その人が自社にどのように貢献できるのかということです。

もちろん。転職者の持っている技術や過去の職種等についても関心はあり、採用の基準にもなります。
しかしながら、最も重要なことは転職前の職場に対して、どれだけ自分自身が貢献しようと努力してきたかということです。

技術があるのに待遇や上司の言動に不満があって十分に力を発揮できませんでしたということや、会社の将来に不安があったので営業活動に力が入りませんでした、ということでは新しい職場でもまったく同じ行動をとることになるであろうと転職希望先では考えます。

転職者はその転職希望先に対しては、自分はこんなことができます、こんな実績があります、といったことをアピールしようとします。
しかしながら、転職先が確認したいことは、その人が過去の職場に対して抱いていた不安や不満を解決するためにどう行動してきたか、ということです。

会社の将来に不安があるのであれば、その不安を解消するために会社の中で与えられた立場でどう行動してきたか。
待遇に不満を感じているのであれば、角度や尺度を変えて、どのような面で満足を感じるよう努めたか。
どのように同僚や取引先に働きかけをして改善しようとしてきたか。

転職に際してはこれらのことを振り返り、よく整理して自分自身で理解できるようにしなければ、いつまでも不安や不満に包まれ続けて転職を繰り返し、さまよい続けることになります。  
Posted by 津波古透 at 12:06Comments(0)TrackBack(0)

2010年01月03日

職歴をどう捉えるか

転職の際に職歴はどのように判断されるでしょうか。

多くの企業で中途採用者を取る際には、その方がどのような職歴があったかを重視します。
それと同じく、無職であった期間があったかどうかも重視します。

それは、無職でも良いと思っている人なのか、それとも何か仕事をしなければならないと考えている人なのかを見るからです。

とにかくどうにかして仕事を得ようとするのであれば、場所や内容を選ばず、アルバイトでも何でもやる人と、自分のやりたい仕事につけるまでじっと我慢する人とで、企業にどちらが選ばれるかというと、前者です。

中途採用者には即戦力が求められます。
別の言い方をすると、自分のやりたい仕事だけを選んでいる場合ではなく、どのような局面でも、進んで仕事をする人を求めるのです。

もちろん、なんとなく、ふらふらして転職を繰り返し、徐々に待遇を落としていくようでは意味がありません。
希望する職種とは異なる職歴があったとしても、生活を維持するためとか、資格を取るための勉強をするために時間が必要であったとか、明確に説明ができればよいのです。

世の中では、あいかわらず長引く不況で就職難が続いています。
しかし、ここで場所や内容を幅広く考え、行動を起こしていけば、良い就職先はきっと見つかります。

そのための行動を起こすかどうかは、自分自身の判断だけです。  
Posted by 津波古透 at 11:48Comments(4)TrackBack(0)

2010年01月01日

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

年の初めに今年一年の抱負を考える方も多いことでしょう。その中には転職を考えている方も少なくないと思います。

長引く不況の中、会社の将来が不安、給料が下がり、生活を維持するためにも今の会社ではやっていけない等、理由は様々だと思います。

転職自体は悪いことではありません。転職により精神的、経済的に現在よりもよくなるのであれば、それはそれでよいことです。

しかしながら、追い求めているものが自分自身の能力を正しく評価してのものなのか、自分自身の力以上のものを求めていないだろうか、ということをしっかりと考えて行動しなければまりません。

何事も落ち着いて心静かに、周りの状況、自分自身の気持ちや能力といったようなことを冷静に見つめ、よりよい判断ができるようになることを求めていけるようにしていただきたいと思います。

今年一年が皆様にとって、良い一年でありますことを祈念いたします。  
Posted by 津波古透 at 18:45Comments(0)TrackBack(0)

2009年04月26日

面接での意地悪な質問

新卒採用の頃になると、採用面接でとてつもなく意地悪な質問をされたという方の話題がマスコミにでてくることがあります。

プライドを傷つけるような質問や、女性の場合はセクハラまがいの質問がでたりというようなもの。

「なんで面接でこんな質問をするの?」、「もしかしたら自分はこの会社に来るなということ?」
あるいは、「この会社はその程度の会社なのか?」、「この人は面接官の立場をわかっていないのか?」
と考えてしまうような質問を浴びせられることもあります。

実は、これらは圧迫面接と呼ばれる面接の手法で、採用予定者が企業内で実際に起こりうる様々なプレッシャーにどれくらい対応できるかを図ろうというものです。

企業の面接官は、なんとなく質問をしてくるのではありません。
特に採用の最終段階にきて、数人の中から誰かを選び出さなければならないという時には、その人が会社生活で起こりうる様々な場面を想定して、それにどのように対処できるかを試す必要があるのです。

せっかく採用して、現場に配属したら、隣の席の先輩や上司の不用意な態度や言葉に心を傷つけられ、業務に影響が出るようでは、最初から採用しなければよかったということにもなりかねません。

圧迫面接を行うのは、多くの場合、採用を決定づける最終段階で行うことが多いようです。
つまり、これがクリアできれば採用決定という場面でそのようなテストを行うということです。

ですから、圧迫面接が行われた時には、これこそがチャンスと思うようにするくらいの準備が必要です。

これらのことは採用後のミスマッチを避けるためのものでもあります。

これまでは、圧迫面接は中途採用や転職者の採用ではあまり行われてこなかったようですが、最近は転職組にもこのような圧迫面接を行っているようですので、知識として持っておく必要があります。  
Posted by 津波古透 at 09:30Comments(0)TrackBack(0)

2009年04月19日

「こんな会社辞めてやるー」

「こんな会社辞めてやるー」

新入社員が配属になってしばらくすると、居酒屋などでよく聞かれる声。

厳しい就職戦線を戦ってきて、ようやく念願の就職を果たし、新入社員研修や新規配属を受けて、しばらくすると、思っていた仕事の姿とは異なるところが見えてきます。

そうすると、新入社員としては、こんなはずではなかったのに、という気持ちが大きくなってきます。

仕事の内容、先輩や上司の仕事ぶり、自分に与えられた業務の内容、そのあちらこちらに、「こんなはずではなかったのに・・」
ということがいっぱいです。

それに加えて、同じ大学を卒業した同級生達が集まると、それぞれに良い仕事をしているような話が聞こえてくる。
同時に、同期入社の新入社員が集まると、会社の愚痴ばかり。

なかなかうまくいかないことばかり。

実際に私も同じ経験を持っています。事実、私が新卒で入った会社は私が入社して10年余りで破たんしてしまいました。

しかし、そのようなことがあったとしても、仕事を覚えて自分で仕事を動かせるようになるまでは、転職は控えるべきだと思います。

新入社員は大学では一人前のようでも、社会に出ると、大学の頃とは異なる環境、常識の中で生活しなければなりません。
そのような環境変化に適応できなければ、どれだけ転職を繰り返しても、自分が納得のいく仕事にありつけず、いつまでたっても、新入社員のままですごさなければならないのです。

それに給料がもらえているうちは、その環境の中で生活することができるはずです。

となりの芝生は奇麗に見えるという言葉がありますが、会社生活もまさにそのとおりで、よそで仕事をしている人がとても良い環境にいて、自分は期待してたこととは程遠い環境に置かれてしまっているように思えてしまうということがよくあります。

まずは、今の環境に慣れるということが先決で、その先、何年かかけて自分のスキルを磨いて、その上で、会社の将来性や自分のキャリアアップを考えてから転職を検討するということでも遅くはありません。  
Posted by 津波古透 at 08:49Comments(1)TrackBack(0)

2009年04月14日

新入社員研修

各企業では新入社員研修がすでに始まっていることと思います。
それに参加している新入社員の皆さんは、どんな気持ちで研修を受けいているでしょうか。

新入社員の多くは学生の頃に、すでに多くの社会体験をしてきています。
アルバイトやサークル活動でも、様々な業種を経験して、たくさんの社会人の中で仕事の経験をしてきた人も多いでしょう。
そのような方は、これまで多くの人々と接してきて、本人はすでに社会経験豊富と思っていながら企業に就職したことと思います。

そのような方が企業の新入社員研修を受けると、「なんと幼稚な研修だろう」、「なんて自分勝手な人が多いのだろう」、「なんでこんなことも知らないんだろう」という印象を持つことが多いようです。

せっかく学生の頃に社会人としてのスキルを身につけたにもかかわらず、それをまったく活かせないどころか、しょうもない新入社員研修で無駄な時間を過ごすことになるなんて、この会社には長くいることはないな、という気持ちの方も多いのではないでしょうか。

転職を考えるのはそのようなときに多いと思われます。

同じ学校を卒業した同級生と会うと、すでに営業に出て、取引先との厳しいやり取りがある中で、自分の成長を感じていると聞かされたり、大きなプロジェクトの一員になって、意見を求められた話等を聞かされたりすると、ますます、転職したくなってしまうのではないでしょうか。

でも、そのようなときにはすこしだけ転職を考えることを我慢するべきだと思います。

新入社員研修は、企業の人事部等にとっては、ある種のイベントで、どちらかというと受講者である新人の盛り上がりを重視する傾向があります。
活発な議論や、夜遅くまで作業を続けたり、時には感動の涙を流す新入社員の姿を見ることで、研修の良し悪しを判断することもよくあることで、それが日常業務と直接的なつながりがあるかどうかはあまり重視されないこともあります。

受講する側の新入社員は、現場にでると研修で学んだことがほとんど役に立たないと思いがちですが、それはそれで一種のイベントと理解して、企業の一員として受け入れる姿勢をもつことも大切です。

企業がそのような現場に直結しない研修をするということは、それだけ、余裕のある証拠でもありますし、新人をいきなり現場の厳しいところや、逆にだらけたところを見せるのではなく、純粋培養して将来の中核に育てるよう大切にしていることを示しているともいえます。

将来、転職するにしても、このような研修を受けたということは良い経験となりますし、どのような研修であっても、学ぶものは必ずあると理解し、受け入れる姿勢を持つようにしていかないと、どのような会社に転職しても同じことの繰り返しになってしまいます。

しょうもない研修ばかりと思っているのは今のうちだけで、実際に現場に入っていくと、研修が息抜きでもあり、スキルアップでもあり、現場での仕事への取り組み方を見直すきっかけにもあります。

まずは、何も考えずにしっかりと研修に集中してみてはいかがでしょうか。  
Posted by 津波古透 at 05:24Comments(0)TrackBack(0)

2009年03月01日

転職者に求めるもの

今日は、転職者を雇う側はどのようなことを期待し、どう見ているか、ということを述べたいと思います。

通常の場合、雇用側が転職者に求めることは高い技術力です。

それは専門技術職だけのことではなく、営業力や企画力などの知識も含めるもので、仕事力といってもよいかもしれません。

特にある程度の経験を積んできた中高年を中途採用で雇う場合には、雇用する側は技術的に不足があったり、人員が不足するから転職者を雇おうと試みます。

そのため、採用の際に、経営者から「若い社員を鍛えてやってくれ」などと言われることもあります。

しかし、組織の運営等に対するインパクトはあまり期待していません。

技術役なサポートやスキルアップに貢献してほしいとは思いますが、会社の在り方やコミュニケーションにまで口出ししてほしくはないのです。

この辺が中高年の転職者がよく失敗するところです。

女性社員や若い社員に対し、転職者である中高年者がまるで上司であるかのように接してくると、組織としては良い印象を持ちません。

年下であっても、元から会社にいる社員は先輩であることを忘れてはいけません。
このことを間違えるとせっかくの転職先で孤立してしまうことになります。
言葉の使い方や業務の上での接し方など、細かいところで不満がたまってくることになるのです。
教えてやる、教えてやっている的な態度は嫌われる一方です。

転職者を雇用する側は、どうせ転職者だから、何かあったらまた別の会社に移ってもらえばよいという風にかんがえます。

中途採用で入ってきたのに、年が上だからということだけで態度がでかい、これが最も嫌われることです。

また、妙に下手にでて必要以上にへりくだったりしていても、馬鹿にした態度と取られます。

そこには技術云々や仕事ができる云々、前の会社でどれだけの実績をあげたかなどということはまったく関係ありません。
さらに、面接のときや採用のときに社長にどう言われたかということもまったく関係ありません。

転職ということは新たな組織に新参者として参加するということを忘れてはいけません。  
Posted by 津波古透 at 11:09Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月21日

まずは転職を思いとどまってみる

転職の理由はいろいろあります。

その中で結構多いのが人間関係がうまくいかず会社にいるのがつらい、というもの。

仕事はやりがいがあって、取引先ともうまくやっていけているのにも関らず、上司や先輩が嫌な奴だったり、仕事ができない奴で、こちらの負担がかなり大きい、こんな連中がいる職場は辞めてやる、と思っている方は多いのではないでしょうか。

そのような方は、本人は結構仕事が出来るほうなので、そうではない上司や先輩に嫌気がさし、人間関係がうまくいかないような環境を作ってしまいがちです。
それが発展して、転職してもっと良い環境で仕事をしたいと思うようになってしまうのではないでしょうか。

しかし、そのような方には、よほどのことが無い限り転職はお勧めしません。
なぜならば、嫌な奴というのは必ずどこにでもいるからです。

サラリーマンは誰しも自分は一生懸命仕事していると思っています。たとえ、サボりの常習者であっても、自分自身はやれといわれたことはちゃんとやっていると主張しますし、本当にそう思い込んでいます。

このような人はどこにでも必ずいると思ったほうが良いでしょう。

今の職場で人間関係がうまくいかずに転職するということになっても、必ず次の職場で同じような場面に出くわすことになります。
ですから人間関係での転職は、まずは思いとどまるべきだと思います。
しかし、嫌な連中とうまくやるように取り繕うということはなかなかできないと思いますので、それらの連中の嫌な部分が自分に降りかからないようにするにはどうすれば良いかを考えるべきだと思います。

嫌な連中と言うのは、あなただけにとって嫌な奴なのか、会社そのものにとって不必要な連中なのかを見極めなければなりません。もしかしたら、会社にとって必要なのはあなた自身であって、他の同僚や他の部署の上司も同じ考えかもしれませんし、その逆にあなた自身に原因があるのかもしれません。

自分の考えや対応が正しいのか、嫌な連中の方が正しいのかは、その時の感情や状況だけではわからないことが多いのです。

しかし、それでも、日々つらい思いをすることが多いのが間違いないのであれば、まずはそれを避ける手段を考えましょう。
無視することや反撃することも一つに手段です。
場合によってはより上の立場の人間にそのことを伝えて対処させたりすることもあるでしょう。

さらに内容によっては労働基準監督署などの公的機関に相談することも必要になると思います。

まずは自分の生活を維持するために仕事を守ることを考えることが大切だと思います。  
Posted by 津波古透 at 14:27Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月15日

小さいプライドが自分を苦しめる

転職をしてから職場で苦しい思いをする人がいます。

それは自分自身の小さいプライドが苦しめているのです。

よく、転職してから、過去に自分はこんなすごい仕事していたとか、自分は本当はもっとすごいことができるとか、過去にこんなすごい実績を上げたことがあるということを周りの人に言う人がいます。

それは、その転職によって自分が低くみられるのではないかという不安感によって生み出される行為です。

転職するには理由があります。
その理由がどうであれ、転職すると周りから低くみられていないかと不安になることがあります。
自分が低くみられることを許さないのが小さいプライドです。

ですから、過去の栄光を表現して周りからの評価を高めようと努力するのです。

しかし、どれだけ過去の栄光を声高に訴えても、これからの仕事がしっかりとできなければ単なる嫌な奴でしかありません。

それに気が付かなければ、いつまでたっても自分の言動を変えることができません。
小さいプライドの奴隷になっていまっているのです。

その小さいプライドを捨ててしまった時に、その人の本当の良さがでてくるのですが、なかなかそれができないということが自分自身を苦しめる原因なのです。

せっかくの転職も自分の小さいプライドのために職場での環境を悪くしてしまうことも多々あります。

転職をしたら、それはすべて一からのやり直しです。
転職先にいる同僚や上司はすべて先輩です。

自分の過去を主張することは、場合によっては同僚や上司を否定してしまうことにもつながります。
そうなってしまったら、職場での人間関係がぎくしゃくし、仕事がしづらくなり、再度転職を検討してしまうことになりかねません。

人は真面目で、誠実で、前向きな人に好意を持ちます。
ろくに職場にも仕事にもなれていない状態で過去の栄光を主張する人には良い印象を持たないということは、普通に考えればわかることです。

しかし、小さいプライドの奴隷になっている人はそれが理解できないのです。

そのような人は自分になにができるのかを考える余裕がありません。
小さいプライドが、自分は何でもできるとか、自分は優秀な人間だ言わせるのです。

その結果、自分を追い詰め、自分を苦しめることになるのです。  
Posted by 津波古透 at 11:42Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月15日

転職を考えるとき

転職は決して悪いことではありません。

最近は仕事がうまくいかず、うつ病になるほど自分を追いつめる人が多く、不幸にも自殺してしまう人もいるということをよく聞きます。

行政でもこれらを問題視し、会社でのメンタルヘルスの取組を推進しています。

私はそこまで自分を追いつめることはあってはならないことだと思います。

自殺してしまうくらいならば、逃げ出してしまったほうが良いのです。

たとえその場は逃げだしたとしても、後になってリベンジすれば良いのです。
病気になったり、自殺してしまうようでは本当に取り返しがつかないのです。

自殺してしまうくらいならば、逃げ出してでも生きるべきだと思います。

私の経験からすると、仕事から逃げることができないのは、小さいプライドが邪魔をしているからです。
それは時に責任感という言葉で美化されて表現されることが多くあります。

しかし、それによってあなた自身を傷つけるようなことはあってはならないのです。

かなえきれる責任感は必要です。それがなければ社会は成り立ちません。
しかし、限度を超える責任感は自分を追いつめるだけで、何も良い結果は生みません。

無理がきていると思ったら、まずは家族や親しい方々に相談しましょう。

そして、結果として仕事を投げ出すことになったとしても、それは自分や家族を守る手段だと思わなければなりません。  
Posted by 津波古透 at 11:17Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月15日

私の転職体験(知識と経験を活かした転職)その3

30歳になってから4回目の転職。

しかし、それまでの知識や経験がすべて活かせる仕事でした。
しかも、努力してスキルアップしようと思えばいくらでも質の良い仕事ができるようになりました。

質の良い仕事とは、顧客の役に立ち、多くの人から感謝される仕事です。

公的機関で準公務員という待遇で、県庁職員に準ずるものでした。
社会保険もボーナスもあります。
当時の私にしてみれば夢のような待遇です。

ようやく自分が一生をかけてやる仕事が見つかり、その仕事に就くことができたのです。

その後も仕事に活かせる勉強をつづけ、仕事をしながら大学院にも進学し、卒業後は大学で講師をすることもできました。

今では、中小企業診断士の資格をとり、商工会の中央組織である商工会連合会で仕事をしています。

ここまでに至る経緯は紆余曲折を経て、偶然が重なりながらのものです。
しかし、それでも自分の能力を高める努力をしてきたからのものであると感じています。

努力を続けていれば必ずそれは実りを迎えます。
思い描き続ければ必ず実現します。

しかし、そこに焦りは禁物です。
よく情報を集め、自分に何が合うのか、そして家族や周りの人の協力が得られるのかどうかを考え、よく人の話を聞き、冷静になって考えれば、悪い方向には向かわないと思います。
私はそのことを身をもって経験してきました。

後になって、最初に就職したカネボウは産業再生機構により解体され、私がいた化粧品部門は㈱花王に買収されました。
二回目の就職先のプルデンシャルでは、バブル崩壊で外交員は苦労していると聞きます。

今になってみると、これまでの転職は現在の職業に就くための布石だったのでしょう。  
Posted by 津波古透 at 10:52Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月15日

私の転職体験(知識と経験を活かした転職)その2

転職を繰り返すことにより、最初の就職から3分の1まで給料が下がりました。

転職を繰り返すと生涯賃金ではかならず下がることになると大学に教授から言われたことをつくづく感じながらの生活でした。

周りの人からドロップアウトしての転職であることを言われるとプライドが許さないので、過去にヘッドハントで転職したことだけを強調し、その後の失敗には目を向けることができませんでした。

しかし、それでも毎日の勉強だけは欠かしませんでした。
それだけが自分のプライドを維持する唯一の道だったのです。

ある日、毎日の日課となった新聞の求人広告を見ていると、沖縄県商工会連合会が経営指導員を募集しているという記事に目が留まりました。

社会人を5年以上経験していることが条件で、採用試験は地方上級公務員試験レベルの筆記試験と、面接。
勤務地は10か所ほどのうち、面接で決められるとなっており、年齢が35歳までとなっていました。

試しに受験してみることにしました。

そして筆記試験。
受験者数は約200名。
これほどの受験数があるのかと驚きました。

しかし、試験が始まると、ほとんどわかる内容で、満点に近い点数だったと自負しています。
これまでの職業体験と勉強してきた内容がそのまますべて合致しているような試験内容でした。
この時ほど勉強を続けてきてよかったと思ったことはありませんでした。

そして面接を経て無事に合格。

その時の仕事を続けていてもいずれは事務所は閉鎖になります。
迷うことなく転職。4回目の転職で5か所目の就職先です。

採用となったのは、なんと自分の出身地で実家のある与那原町の商工会。

そこで仕事をしみると、自分がこれまで経験してきたことや勉強してきたことがすべて活かせる仕事でした。
これはまさに天職だと思いました。

年齢は30歳になっていました。  
Posted by 津波古透 at 10:31Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月11日

私の転職体験(経験と知識を活かした転職)その1

3回の転職で、年収が大学新卒の頃の3分の1。

一部上場企業の総合職といういわゆるキャリア組から、たった二人の社会保険にも加入していない小規模な不動産鑑定事務所へ。

この部分だけをみると、転職による人生の転落のように見えます。

しかし、妻も私の行動に理解を示してくれており、精神的には落ち着いてきました。

仕事というのは生活を維持するためのものです。
仕事のために自分を傷つけたり、家族や他人に迷惑をかけるようなことでは意味がありません。

精神的、肉体的な負担を強いるような仕事で、無理を感じるようならば仕事を変えるということに躊躇する必要はないと思います。
しかし、転職するのであれば、それなりの情報を集めるということが大切です。
就職には給料だけでは計り知れないようなことがたくさんあります。

会社の将来性、自分のポジションの将来性、給与以外の待遇、会社の同僚や上司とのかかわり等さまざまです。

仕事は好きであっても上司や同僚と性格が合わないということもあります。
会社の将来性はあっても、その中で自分自身の将来性がどうかはわかりません。

もっとやりたいことが他に見つかることもあるでしょう。

転職自体は悪いことでも良いことでもなんでもありません。
その転職によってどうなるか、そしてその仕事で生活の中に何を得るのかということが大切だと思います。

そして、転職するときに大切なことは、家族がどれだけ理解してくれるのかということです。
自分自身の小さいプライドのために周りに迷惑をかけることは避けなければなりません。
なんといっても、その小さいプライドのために自分自身を追いつめるようなことがあってはいけません。

人は目標やプライドの奴隷になる必要はないのです。
生きるためにはこれらを捨てる必要もあるのです。そしてそれらを捨てたときに、どれだけ自分の心が楽になるかを理解してほしいと思います。

人生の目標であれば、時間をかけて達成のための取組んでいけばよいのです。
何もあわてる必要はないと思います。
いったんはあきらめても、すべての準備が整ってから、再度、行動を進めても遅くなくなるということはありません。

達成できる時が、最良のときなのであって、今現在がその時かどうかはということは、その時の状況によって異なるのです。
それを冷静になって、落ち着いて考えることが必要です。
その時に、気持を落ち着けてくれる大きな要因が、家族の理解です。

生活が苦しくても家族の理解があれば、生活費を切り詰めることができます。

家族の理解があれば、多額の生活費がかかる地域から生活費のかからないところに引っ越すことも可能です。

都会の生活でなければ生きていけないということは絶対にありません。田舎であれば生活費もあまりかからず、家族がやっていけるだけの稼ぎが得られる仕事はたくさんあります。

そして気持ちを落ち着けて生活を安定させ、精神的にゆとりを持たせてから、必要に応じて再度チャレンジしていけばよいのです。  
Posted by 津波古透 at 12:49Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月11日

私の転職体験(3回目の転職)その2

妻に内緒での転職活動。

転職を決めてから妻にそのことを告げました。

夕食をとりながらそのことを言うと、妻は泣いていました。

しかし、妻は理解してくれました。私が毎日遅くまで勉強している姿を見ていましたし、営業がうまくいっていないということも気が付いていたようです。

そして、会社の上司に転職することを告げました。
当時の上司も私と同じ大学を卒業していましたので、私が営業がうまくできず、すぐに給料が下がってしまうということを心配してくれてもいましたので、私が転職するということを告げると快く理解してくれました。

同僚たちも、まるで結婚して寿退社をするかのように見送ってくれました。

そして3回目の転職。4つ目の就職先になりました。

年収は大学新卒の頃の3分の1になりました。
しかも、社会保険にも入っていませんでしたので、当然、健康保険も国民健康保険。国民年金は支払うこともできませんでした。

しかし、気持ちにはゆとりができました。
厳しいノルマのある営業をすることはなく、不動産鑑定士である所長は朝10時頃にしか出勤してきませんでしたので、所長が出勤するまでの間、税理士試験の勉強をすることもできました。

また、5時には仕事が終わるので、その後はすぐに経理学校で勉強することができ、徐々に知識が高まってきました。

そこで丸1年、職員として勤め、不動産鑑定の基本的なことを学ぶこともできました。

しかし、給料は相変わらず12,3万円。しかも経営者は70歳になっていましたので、仕事が長く続くことはありません。

はやく試験に合格して税理士になる目途を立てる必要がありましたが、やはり難関の国家試験ですので、そう簡単に合格することはできませんでした。
とりあえず、税理士試験の5科目を全部勉強はしましたが、1科目も合格することはできませんでした。

そうこうしている時に、新聞の求人欄で沖縄県商工会連合会が商工会の経営指導員の募集をしている広告が出ているものを目にしました。  
Posted by 津波古透 at 11:51Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月11日

私の転職体験(3回目の転職)その1

大同生命で3年目を迎える頃、29歳になっていた私は、付き合っていた彼女と結婚を意識するようになりました。

しかし、また転職してしまったら彼女の両親にどう思われるかわからない。
その時の状況であれば、大同生命というしっかりとした会社の教育主任の肩書で結婚できる。

そう思った私は、転職の前に結婚することを決めました。

そして29歳で結婚。

しかし、結婚してすぐに三年目の査定になるので、すぐに転職することにしました。

そのときはとにかく営業ではない仕事につきたかったことと、何かの資格を得て自分のプライドを守ることしか考えていませんでした。
妻は中堅の消費者金融会社のOLでしたので生活費はそれほど心配しなくても良い状態でした。
そこで給与については特に考えず、士業の事務所に転職しようと考えました。

まず、当たったのが税理士事務所。簿記の勉強を通して、税理士資格を取る勉強をしていましたので、税理士事務所に勤めようとしました。
しかし、税理士事務所の職員は給料が極端に安く、私のレベルでは手取りが10万円程度といわれました。

しかも、周りから話を聞くと税理士事務所に勤務すると忙しすぎて税理士資格の勉強など到底できないといわれました。
このころになってようやく、転職のときに周りから情報を集めることができるようになったのだと思います。

そして、就職雑誌に求人が出ていた不動産鑑定事務所に面接を申込みました。

国立大学卒ということもあって、面接では受けがよく、すぐに就職が決まりました。
しかし、そこは70歳近い不動産鑑定士の従業員2人という小さな事務所。
給料は14万円。手取りでは12、3万円で、諸手当もなく、当然ボーナスもありませんでした。

この時の転職活動は妻には内緒で行いました。
妻には2度の転職で心配をかけ続け、そのたびに保険の契約を取ることにも協力してもらっていました。
妻の家族や親戚へのメンツもあり、結婚したばかりで給料も下がる状況での転職など相談できる気持にはなりませんでした。  
Posted by 津波古透 at 11:25Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月11日

私の転職体験(逃げるための転職)その6

ろくに営業もせずに図書館で勉強する日々。

当然、営業成績は上がってきません。
見かねた上司が、自分の妹の生命保険を私に契約させてくれたこともありました。

しかし、基礎的な知識だけはありましたので、新人教育の担当者になり、チームを任されるようにもなりましたが、それでも、私はすでに営業の仕事が精神的に続けられない状態になっていました。

営業成績はあがらないまま、それでもプライドだけは高いので、どうにか自分を繕うために公的な資格を取ろうとあれこれ手を出すようになりました。

行政書士の勉強をして試験を受けたりもしましたが、不合格。
何かないかと探している時に簿記学校から、税理士資格にチャレンジすることを勧められるようになりました。

会社では法人営業なので税理士からの紹介を得ようと税理士事務所を回ることもありました。しかし、そこから保険紹介を得ることはなかなかできず、そうならば自分で税理士の資格を取ってしまった方がよいのではないかと思うようになったのです。

しかし、営業で成績もあげなければならないというプレッシャーもあり、その狭間で勉強も営業もいどちらも手につかないという状態でした。

そのうち大同生命で三年目を迎えることになりました。三年目になると営業成績が待遇に直接反映されますので、給与は激減します。

営業をやる気も無くなってしまっていましたので、ここで3回目の転職を考えるようになりました。  
Posted by 津波古透 at 11:02Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月11日

私の転職体験(逃げ出すための転職)その5

沖縄での就職先は、法人契約を中心とする中堅生命保険会社 大同生命でした。

大同生命は、法人会や青色申告会などの共済制度を扱い、特に会社役員の退職金準備のための大型定期保険をメイン商品とし、税理士を代理店として企業向けの生命保険を扱っていました。

しかし、私が採用になったのは、プルデンシャルの頃とほぼ同じような採用形態で、保険の外交員として企業回りをする営業形態。

企業回りの営業をしていると、その頃になってようやく自分に何が足りないのかが少しばかり理解できるようになってきました。

もともと、自分はとても優秀な人間だと思い込んでいましたので、知識が足りない状態で営業活動をすることに抵抗がありました。

そこでまず、取り組んだのが、経理の知識を得ることと、個人の保険に関する周辺知識でした。

経理の知識を得るためには、経理学校に通い簿記の基本から学びました。
個人の保険の知識を得るためには、公的施設で開催されていた公的年金の知識を得るための無料のセミナーに参加しました。

生命保険の外交員は昼間はほとんど営業で外回りをしますので自由になる時間はかなりあります。
その時間を利用して勉強に充てていたのです。

自分のプライドを守るためには、知識のなさを補う必要があると感じ、ひたすら勉強に励みました。

しかし、そこには最も大切なことが欠落していたのです。
それは、営業で顧客に会って話をするということです。

プルデンシャルでの業績最優先の営業方法の呪縛から抜け出せていないことと、東京の外資系生保にいた優秀な営業マンだったというイメージを守るために、見込み客の前にいくと、すぐにお決まりの営業トークに走り、結果として信用されずに契約はとれないという日々。

そのうち、保険の外交員を続けることがいやになってきました。
まともに見込み客にアポイントを入れることもできず、飛び込みで営業に回っても、経営者にあってもらえることはほとんどなく、会えても、ろくな説明もできない状態。
そもそも、私と契約しても顧客に何かのメリットを提供できるものも何もありませんでした。

仕事をしないで図書館に通って勉強する日々。アパートに引きこもっていた頃よりは良いとは思いますが、本質的には何も変わってはいませんでした。  
Posted by 津波古透 at 10:36Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月11日

私の転職体験(逃げ出すための転職)その4

転職をするということは私の周りでは、仕事ができずに忍耐がなく、落ち着きのない人間がやることのように思われていました。

実際、カネボウからプルデンシャルに転職するときは、キャリアアップのつもりでしたが、そこで仕事ができずに辞めていくということは、落ち着いて考えることができない状態だったからに違いありません。

しかもその一年前に同じく東京で仕事をしてた兄が退職して沖縄に帰っていましたので、兄弟そろって負け犬、忍耐がないというようなことを親戚等からいわれ、馬鹿にされました。

当時、高校の教員をしていた叔父からは、「一度就職したら、死んでもしがみつくくらいの根性がないとだめだ」ということを言われました。

友人たちからも馬鹿にされたように気持になり、それに抵抗するために、自分はヘッドハントされたということをしきりに強調していました。
しかし、それは前のこと、その先ではやはり仕事ができなくて辞めていったのは間違いないのです。でもそれを自分で認めることはなかなかできませんでした。

一般に仕事がうまくいかなくなって転職するということは、よくあることと思います。

仕事そのものもそうですが、同僚や上司との相性が悪かったり、なんといっても会社の将来に不安を感じるようなことが理由で転職することもあります。

理由はどうあれ、自分を追いつめてしまうような仕事をしているくらいなら、転職したほうが良いと思います。

私はあの時、会社を辞めて沖縄に帰ってこなかったら、自殺してたかもしれません。
そう思うと思い切って転職してよかったとつくづく思います。

会社員として頑張っているにも関わらず、大きな悩みを抱えている方々には、転職という道もあるということを知っていただきたいと思います。

今、住んでいるところだけが世界のすべてではありません。
田舎に帰るのも一つの道、都会に出ていくのも一つの道、自分を苦しめるくらいならば違う地域や仕事を選ぶことも選択肢にいれるべきだと思います。

そして小さいプライドを捨てて、人に頭を下げてでも、給料が下がっても、自分の気持ちを整理できる仕事に就くべきだと思います。

毎年、過労死や自殺のニュースが流れます。好きでやっている仕事であればよいのですが、死ぬほど苦しい思いをしながらその仕事を続ける意味はありません。

しかし、安易に転職することはやはり避けるべきだと思います。
まずは、今の仕事を続けるには何をどうすればよいかをじっくりと考え、周りの人はもちろん、公的機関等の第三者にも相談することを勧めます。

その上で、やはり転職しなければ打開することができないという結論が出たならば、さまざまな角度で情報を集めた上で転職するようにすればよいと思います。

日本には失業保険という制度があります。ハローワーク等の相談する場も設けられています。そういったところも利用しながら自分がやっていける仕事を探すということが必要なのだと思います。  
Posted by 津波古透 at 10:04Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月11日

私の転職体験(逃げ出すための転職)その3

東京にいながら沖縄での就職活動。

会社には沖縄で営業しているといって、何回か沖縄へ。

就職雑誌に求人を出していた企業の中で、待遇の良い所を探し、さらに今の経験を活かせると思い、法人営業を中心とする中堅生保へ。

面接だけは自信があったので、その場で内定をもらいました。

ようやく沖縄での就職先が決まり、プルデンシャルを退職。

さんざん罵倒され、最後の給料も没収され、無一文になって故郷に帰ることになりました。

そして沖縄での就職。

しかし、大学を卒業して華々しく東京へ就職していったのに、それをやめてすごすごと帰っていくということにとても抵抗があり、かつての友人たちには誰にも会うことができませんでした。

私が沖縄に帰ってきたらしいという噂を聞きつけて、連絡してきてくれた友人がたくさんいましたが、小さいプライドが邪魔をして、なぜ会社をやめたのか、なぜ沖縄に帰ってきたのかをいうことができませんでした。

口から出る言葉は相変わらず強気で、自分は優秀な人であることを装う言葉ばかり。

そんな私を友人たちは軽くからかっていましたが、そのことも精神的に大変な苦痛で、なるべく誰にも会わないようにしていました。

しかし、生命保険の契約に関する考え方はしっかりとしていましたので、当初はそれなりの営業成績を上げることができ、友人の中には私のことを信用して快く受け入れてくれる方もいました。

苦しい中でも知識だけはしっかりと持つように心がけて勉強していました。

そこでようやく何がわかっていないのかを落ち着いて考え、理解できるようになってきました。  
Posted by 津波古透 at 08:38Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月11日

私の転職体験(逃げ出すための転職)その2

地方の国立大学を卒業し、一部上場企業から外資系生命保険会社へヘッドハントされて転職。

この部分だけをみると相当に華々しい就職体験に見えますが、その実態はまったく逆。

生命保険会社での外交員としての仕事はとても厳しいもので、成績をあげなければほとんど人間扱いされていないように感じました。

知識も営業地盤もないにも関わらず、プライドだけは高いので人に頭をさげて誰かを紹介してもらったり、見込み客から質問されてわからないことがあってもわからないと言い切れずに、その場しのぎの言い訳や適当なことを言ってその場を逃れるような態度。

そんなことで営業成績があがるわけはなく、焦りは増すばかり。

そんな私は営業先で「あなた大丈夫ですか?」と聞かれることも時々ありました。

知識を得ようにも、何をどうして良いのかわからない。

そもそも何が分かっていないかさえもわからない状態。

そのうち行くところもお金も無くなって、アパートに引きこもるような生活になりました。

前の会社の同僚や部下へ、時々わけのわからない電話をかけてはひんしゅくを買い、自分で自分を苦しめる日々が続きました。

このままではどうしようもないと気づき、沖縄へ帰る決心をしました。

しかし、沖縄に仕事があるのか、以前のような良い収入を得る就職先があるのかまったくわからなかったので、彼女に連絡して就職情報誌を送ってもらったり、就職あっせん会社に登録したりしてみましたが、やはりなかなか良い就職先は見つかりません。

よい就職先が見つからないというよりも、どれが良い就職先なのかの判断がつかないような状態。

しかも、その時点ではまだまだ自分は優秀な営業マンだという勘違いをしたままで、くだらない小さいプライドが心のすべてを支配してしまっている状態。

そこで目に留まったのは、同じ生命保険会社である法人営業中心の中堅生保でした。  
Posted by 津波古透 at 08:21Comments(0)TrackBack(0)